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徳島ミステリー『八倉比賣神社』

徳島市「八倉比賣神社」。

御祭神は「大日霊命(おおひるめのみこと)」で、これは天照大神の別名らしい。



聳える石段を前に佇む。


そこは静謐且つ荘厳な空気が支配し決してウェルカムな雰囲気ではないが、さりとて拒絶する険しく激しいご神気でもない様子。


平易に表現すると「いらっしゃい」でも「来るな」でもなく、「来るなら来い」と言った感じで、少したじろぎながら石段を上がる。


己の無用に肥えた身と萎えた脚に呆れながら、息絶え絶え急峻な石段を上がり終えると、目の前に立派な拝殿が現れる。



鳥居前とは違い幾分穏やかな空気に包まれており、華美なものは何一つないが、境内の隅々まで掃き清められていて清々しい。

厚い崇敬を集めているのだろう、氏子の皆様方の献身に頭が下がる。


拝殿の奥に本殿を備え、その後ろの杉尾山を御神体として仰ぐ。これは奈良の大神神社同様、最も古い神社の形式らしい。


この辺りは古い歴史を刻んだ土地だそうで、一帯には200ほどの古墳群が広がる。


実は八倉比賣神社自体も近辺で最大規模の前方後円墳の上に建てられており、拝殿は前方墳の上に位置するらしい。


という事は実在した高貴な有力者の鎮魂の社ということか?石段の前で感じた気配も何かしらその事に関係するのかもしれない。



拝殿に正対すると右側に階段が見える。

そこから100mほど進むと当社の奥の院とされる磐座がある。そこは丁度、後円墳の頂上に当たる部分らしく青石で五角形の祭壇が組まれ、その中央に小さな祠が祀られている。


気配が一変する。


至って清浄で清々しい事に変わり無いが、少々の息苦しさを感じるほど畏れ多く濃密な空気が充満する。


怖い、恐ろしいという類ではないが、ゆっくり呼吸を楽しむという場所ではない。


やはり長居する事も写真を撮ったりする事も憚れ、失礼のないよう丁寧にお参りし、そそくさとその場を後にした。


当社の古文書には、天照大神の葬儀の詳細が綿々と記述されているらしい。


それは、誰が葬儀委員長を務め、誰が列席し、どんな式次第で運ばれたかという具体的なものらしいから、神話の中の想念・観念の存在が途端に肉体を伴った生々しい存在になり、些か混乱してしまう。


そんな事柄と様々な事象を基に、当地の歴史研究家からは、あの磐座は実在した人物「卑弥呼」の墓であり、人間「卑弥呼」を神格化したのが天照大神,そして阿波の国こそが邪馬台国であった、とする説が提示されているとの事。


考古学周辺に全く明るくないので何の私見も持ち得ないし、考古学学界でそれがどれ程の賛同を得られているのかもわからない。


然し乍ら、当社から感じる独特のご神気と、外に向けて自己主張する事の少ない阿波の人が日本史の最難問且つ花形である「邪馬台国説」へ堂々と名乗りをあげるという大胆な行動を行った事に、思い詰めた一縷の真実を含んでいるのではないか、とは思ってしまう。


八倉比賣神社





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