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関西弁の男

 

緑広がる素晴らしい景観の「南新得牧場」。ここでは交雑種のメス牛に特化し肥育を行なっています。訪れたのは、午前8時30ごろ。1,300頭以上の牛が居る牧場ですが、不思議なことに牛臭さは微塵も感じません。牛舎はどこも綺麗に清掃され、牛たちがゆったり過ごしています。一方、牧場スタッフは朝の給餌作業の真っ只中で大忙し。

給餌用の専用車両の助手席に乗せて頂けるよう、恐る恐るお願いしてみると

「ええで。狭いけどな、悪いなぁ」

と快諾。あれ、関西弁?
「汚うてごめんな。よっしゃ、いきまっしょか〜」

この軽やかな関西弁を操る人こそ「南新得牧場」の牧場長、髙尾康富さんです。

短期出向、35年。

 

「本社、実家やねんけど神戶でね。黑毛和牛と交雑種の肥育と販売やっとんよ」 と給餌作業をしながら教えてくれる髙尾さん。「僕、次男やからね。牛の肥育は兄が継いで豚の飼育やるつもりでおったんやけど」が転機は唐突に。

「康富、短期でええねん、北海道行ってくれへんか」 若き日の髙尾さんに突然の出向辞令。 

そもそもの発端は、髙尾さんのお父様一行による北海道旅行。 広大な大地、雄大な自然・・・すっかり北海道に魅了されてしまい・・。「まあ、畜産やってるもんからしたら憧れちゅうんかなぁ。いつかこんなとこで、牧場やってみたいって一度は思うもんやからね」 思い立ったら吉日とばかり、アレヨアレヨと夢が具体的な形となっていったある日に告げられたのが髙尾さんの出向でした。

「短期や、短期の出向や。落ち着いたら交代要員送るようにするから。まず、お前が行って しっかり立ち上げてきてくれ」そうやって是非もなく北海頭の地へ。

「あれから35年なるかなぁ・・。もう、こっちで結婚して家も建ててね、完全な北海道人やぁ」 と完全な関⻄弁で話す髙尾さんです。 

素晴らしい景観の南新得牧場。

この地でメス牛肥育の技術が磨き込まれていく。

繊細で気高く、時に気難しいレディスの面々。

​日々、肥育家としての腕が試される

夢と現実。北海道の冬に驚愕する。

 

夢の大地、北海道。

しかし髙尾さんを待ち受けていたのはもう一つの北海道の顔でした。「親父は夏の一番ええ状態の北海道しか見とらんでね。それで決めてしもてるから」 ⻑閑で生命が歓喜する北海道の夏はわずか。「秋になったらなんや物哀しいなってきて、冬になったらもう何にもでけへん。もう仕事に没頭するしかないわな。まあ、それが良かったんかなぁ・・・」 関⻄出身の髙尾さんにとって北海道の冬の洗礼はさど厳しかったことでしょう。 「最初は、別の土地で和牛の繁殖から始めたんやけど寒さがいかんのか、うまい事いかん でね・・・」

紆余曲折、試行錯誤の末、縁を得て現在の土地へ。生産の内容も交雑種メス牛に専念、肥育農家としての腕に更に磨きをかけていきました。 

メス牛肥育のスペシャリストとして

 

そんな髙尾さんが陣頭指揮をとる「南新得牧場」。その特徴は、何と言っても交雑牛のメ ス牛に特化した牧場であること。「和牛とホルスタインを合わせて産まれた牛を交雑牛って言うんやけど」 肉質に味わいがあり脂付きの良い和牛。体が丈夫で大きくなるのが早いホルスタイン。それぞれの良さを受け継いで産まれてくるのが交雑種の特徴。「その特性を活かして肥育家次第でどっちの方向にも持っていけるて言うんかな、肥育家の考え方と腕次第って言うんが交雑牛の魅力や」と熱弁。さらに、その交雑牛の中でもメス牛特化したのは? 「実家の方でも、和牛と交雑のメス牛肥育に特化してて、その技術の蓄積はあるからね。メス牛って言うんは扱いが難しいて誰でもってわけやない。ノウハウがないとうまい事育てへん。」

ベテラン肥育家としての髙尾さんの目が輝きを増し始めます。

 

メス牛はなんぎやねん。

「あくまで牛の話やねんけど」と前置きしつつ 「去勢牛と比べて、メス牛はとにかく繊細で神経質。特に集団肥育とな ると、よっぽど気をつけてやらんとストレスも溜まりやす。それに発情期もあって不安定さがある。その辺の細かい気配りが必要なんやわ。給餌管理もちょっと油断すると変なところに直ぐ脂が付いてしまってね」 う~ん、あくまでもこれは牛の話。

さて一方の「去勢牛」。それは生後4~5ヶ月目のオス牛から睾丸を切除処理したもの。 去勢することで、きめ細かく柔らかな肉質となり脂のりもよく。性格もオス牛の荒々しさが無くな り、従順で穏和な牛となります。 それ故、一定規模以上の肥育農家では、その管理のしやすさと肉質故去勢牛が選ばれるのが一般的です。 それと比較しメス牛は前述のように扱いにくい面も多く、特に大規模肥育は難しいものの「何て言うても肥育家次第でええ肉質を狙える。そんな可能性を持った牛なんや。逆に下手にやると全然あかんていう振れ幅も大きい。これは肥育家が試される牛なんや」

メス牛を語る髙尾さんの目はもうギンギン。更に輝きを増していきます。

特注の専用飼料と無段階の調整

「去勢牛肥育はある程度、肥育管理がファジーであったとしても、ある程度は牛が吸収してくれるんやけど、それをメス牛でやると失敗するんやな、これが」 より繊細なメス牛には、肥育農家にもより繊細な管理が求められる。つまり許容の幅が極めて狭いのがメス牛なのだそう。例えば、「飼料もメス牛用に設計した特注品や。普通の飼料よりカロリー抑えてね、より微調整が効くようにしてんねん」 その特性の飼料を牛舎の中に区切られた舛毎に微妙に給餌量を調整。1区画毎、丁 寧に給餌していきます。「まあ、牛の月齢毎に飼料の配合は決めてんねけど、最後は舛毎で、昨日どうやった、一 昨日はどうやった、今日の顔つきや様子はどうやって言うのを細かにみて判断していくんや」 飼料自体は成⻑段階によって4段階に分かれていますが、そうやって微調整を 加えることで

「給餌の区分?そりゃもう強いていうなら無限大や」 と髙尾さん。メス牛のスペシャリストとしての面目躍如。決してマニュアル化出来ない職人技の領域です。

日々の給餌と見回り。

自らが見る、毎日見る、それが仕事の始まり。

点から線、そして面へ

 

朝夕の給餌時以外にも毎日の見回りは欠かせません。牛の顔色、目つき、呼吸、動 き・・。給餌時の食いつきの様子と併せて、日毎に見た「点」での観察を時間軸の流れを繋いで「線」とし、牛舎毎、牧場毎に紡いで「面」とする。それは日々、一織一織、機織り込んでいくような作業。丁寧で繊細な肥育です。

「牧場毎に考えがあって、あくまでも僕の考え方なんやけど」 と前置きしつつ 「生き物やし、メス牛やから特に色々な成⻑のカーブあるんやけど、できるだけ穏やかに柔らかなカーブで成⻑させていくのが牛の為にもええしね」と話す髙尾さん。

穏やかに、柔らかに。言葉で表現すれば簡単ですが、それを支えるのがたゆまない日々のきめ細かで繊細な仕事の積み重ねなのです。 

​元より愛玩動物ではない。

されど、産業動物と割り切って、

合理を追求するだけでもない。

生きるものへの慈しみ。

今、生きているものを

より良い環境で、穏やかに。

そんな想いが溢れる視線。

僕の目指すもの

そんな髙尾さん、目下の課題は素牛農家さんとより強い連携を図ること。

 「ここ20年、とにかく霜降り、霜降りいう時代が続いたやろ。だから牛の血統自体もより脂肪がつきやすいものに淘汰されてきとるし、繁殖農家さんの傾向としては、子牛が生まれて強い骨格とか内 臓を作るよりも先に脂肪をつけるように育てる傾向にあるからね」 と話します。

 肉牛の生産は、髙尾さんのように仔牛(素牛と言います)を仕入れて、専らにより良い肉牛として育て上げる肥育農家と、牛を繁殖させて仔牛を肥育農家に出荷する繁殖農家に分業、それぞれに独自のノウハウが求められます。髙尾さんも提携している素牛農家と連携していますが、これまでにの時代の流れもあり、理想とする仔牛を得るにはもう少し時間がかかると話します。

「肥育っていうのは、何にしても牛に負担かかることやんか。けど、その負担をできるだけ小さくしてね」そうするためには、骨格や内臓といった体の基本がしっかり出来た素牛が理想。それをできるだけ早期に実現したいというのが髙尾さんの思いです。

「僕が目指すんは」と改めて髙尾さん。

「牛をとことん追い詰めて、さしや霜降りていう脂の値打ちだけを出すんやなくて、肉そのものが美味しい牛肉。お年寄りにもお子さんにも美味しいって言ってもらえる肉を作っていきたいんよ。そうやって食べる人に喜んでもらって、選んでもらえたら、うちに来た牛たちも報われると思うねん」これまで置いてきぼりにされていたかのような牛肉本来のおいしさ。もっとここに注目し広めることで、少しでも牛たちは穏やかに生かされる。 年月を重ねた牛飼いの矜持を垣間見る思いがしました。

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