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さつまいも名人、

佐藤一夫さんに聞く。

「今日の仕事は3年先のための仕事」
「さつま芋作りは土作り」
「只管さつま芋の意志に沿う。人の都合ではない」
「さつま芋は生き物。土もまた生き物」

繰り出される深遠で哲学的な修辞。
その背景は、溢れんばかりの夫婦愛とさつま芋への愛なのです。

命の食料から、嗜好品へ

 

さつまいも。

古くは江戸期の度重なる飢餓から多くの人々を救い、

また、先の大戦後にあっても、物資不足にあえぐ人々の命を繋いだ作物。

厄難時、命を支えたこの作物は、

少々波打ちながらも太平を謳歌する今の時代にあって、その役割を大きな変えようとしています。

 

「さつま芋は、嗜好品です」

 

きっぱり言い切るのは、千葉県香取市のさつま芋生産者、佐藤一夫さん。

18歳でさつま芋栽培に携わり、以降40数年。

今では県農業試験場からもその知見を頼って、新品種などの試験栽培を委託されるほどの千葉県きってのさつま芋栽培の名人でありスペシャリスト。

「さつま芋で命を繋ぐ時代ではありません。今、さつま芋に求められるのは、おいしさ。おいしくないと消費者に選んでもらえませんし、価値はありません」

と佐藤さん。実に小気味良く明快に言い切ります。

そんな佐藤さんにさつま芋栽培の極意について、お話を伺いました。

さつま芋栽培に恵まれた土壌

 

「この北総地方、特にこの香取市周辺というのは、全国的に見てもさつま芋栽培の適地なんです。」

周囲に広がる畑を見渡せば、鮮やかな赤い大地に気づきます。

関東ローム層。

遠い遠い昔、教室で聞いた事のある言葉ですが、この目の前に広がる大地こそがそれ。

それは長い期間、火山灰が降り積もってできた地層。赤く見えるのは鉄分を多く含んでいるから。そしてその特徴は、粒子が細かく、水はけが良い事。逆にいうと、水留まりや肥料留まりが悪いので、米作りなどには不向きですが、根菜類にはうってつけ。軽く、細かな粒子は、根が成長するのに抵抗隣にくく、また水にさらされるのを嫌う根菜類にとって、その水はけの良さも好条件に。更に土中の過剰な窒素成分を嫌うさつま芋にとって、火山灰土故の肥料留まりの悪さもプラスに作用。確かにさつま芋にとっては、これ以上ないほどの条件を備えた地質です。

深く深く、見つめ、
深く深く、考え、
深く深く、行動し、
深く深く、省みてきた人の
深い深い、顔。

3年先を見据えて今日の仕事。

さつま芋づくりは土作り。

 

もちろん地質に恵まれているだけで、佐藤さんがさつま芋名人と称される訳ではありません。

「さつま芋作りは、土作りなんです」そう話しながら、畑を指差し「今植えている、あれは麦類。さつま芋の収穫が終わると、その畑に麦類を植えるんです」と説明します。

同じ作物を続けて栽培していると、土中にどうしてもその作物固有の成分が過剰になったり、或いは不足になったりという事が起きてしまいます。その事で作物に重大な障害を及ぼす可能性がありますが、それを防ぐためにその作物と反対の作用をする作物を交互に植えることで、土中成分のバランスを整えるというやり方です。

「さつま芋の裏に植える作物は色々試しましたが、作業性や効果も考慮して、今の形に落ち着きました」と何事も研究肌の佐藤さん。

以前は、この麦も収穫して出荷していたとのことですが、今はさつま芋の植え付けが始まる3月には土にすき込んでそのまま緑肥とするとの事。更に

「麦類は、だいたいその背丈と同じ位の深さに根を張ります。だから、さつま芋を栽培を休んでいる間、麦が畑を耕してくれてる事になります」とさすが名人。

麦に働かせ、土を中和し、土を耕させ、そして土を肥えさせて。

こうして万全の体制でさつま芋の植え付けに備えます。

「3年後を考えて、今日の仕事があります。今日の土を見て、3年後を考えます」

名人ともなれば、話す事が全て哲学的に聞こえます。

化学肥料や土壌改良剤に頼らず、有機物や裏作の作物を活用して畑のコンディションを整える事は、即効性こそ望めないものの、じわりじわり、しかし確実・根本的にその質自体が変わってきます。その変化を見極め予測しながら、今日やるべき事を正しく導き出すには豊かな経験と深い見識が求められます。

「さつま芋は植えてしまえば収穫するまでは土の中。どうする事もできません。だからこそ、しっかり土を整え見極め、この状態の土ならば芋はどんな成長をしていくのか、予測できるようにならないといい芋はできません」

芋を見ずして、芋を識る。

さつま芋名人の道は只々遠い事だけは痛切にわかります。

「さつま芋は生き物、そして土もまた生き物なんです」

全ては生きている。全ては動いている。止まっているものは何一つない只中に生きている自分が在り、その自分が作用する事でそれぞれが互いに関連しあって、また新たな動きが生じる永遠の波紋・・・。

あまりにも難しい話に入り込みそうなので、さつま芋の植え込みに話題を変え、続けてお聞きしました。

 

 

全てはさつま芋の意志に沿って。

 

「まず、さつま芋はその品種を問わず6月中旬以降に植えると甘みが乗ってこない。だから、部会の取り決めとしても6月10日までに植え付け完了するよう取り決めしています」

結論だけ伺えば「なるほど」で済むことながら、真剣な実践の積み重ねあってこそ、この結論が導き出された事は想像に難くありません。少し話が理解できそうになってきた所で

「植え付け作業は、朝早くから大変なんでしょうね」と不用意にお聞きしたところ、

「いえ、いえ、朝からなんて植え付け作業しませんよ」と意外な答え。

「植え付け作業は、さつま芋の苗にとっても大きなストレス。朝なんて、苗の生理活動がもっとも活発になる時ですから、そんな時に触ると苗に大きなダメージを与えます。ですから、苗の生理活動が鎮まる頃、人でいうと寝むっている時に植え付けを行うんです」

という事は?

「夕方からの作業になりますね」

さも当然と言う口ぶりの佐藤さん。

「いいさつま芋を育てようとしているんですから。人の都合ではなくて、さつま芋の意志・生理に寄り沿わないと。妻と二人、作業しています」

実は、佐藤さんのさつま芋栽培は、ずっと奥様との共同作業。

何をするにしても、奥様と相談し二人で納得しあって作業を進めるとのこと。

植え付けについても、今のやり方を最初に奥様に相談した時の事。

「うん、お父さんの言う通りにやろう。一所懸命、さつま芋に尽くしてみよう。やれる事は何でもやってみようよ、お父さん」と奥様の和江さんは一も二もなく賛同してくれたのだそう。実は、和江さんも佐藤さんに負けず劣らず、さつま芋栽培に造詣が深い方。この奥様がいつも傍にあり、想いと労苦と喜びを共にすればこその名人の道程である事は間違いありません。

こうしてる間も、
土は呼吸し、耕され、
そして無数の営みを育んでいる。

美味しいさつま芋は、
畑へ注ぎ込まれた
「愛」でできている。

夫婦で育むさつま芋

 

植え付け作業については、忘れられないエピソードがあると佐藤さんが教えてくれます。

「5年か6年ほど前の事。植え付けの時期、とても乾燥して高温続きの年があったんです」

そんなある朝。昨夜植えた苗がどうしても心配になった和江さん。ペットボトル10本ほどを水でいっぱいにし、植えつけたばかりのさつま芋の苗に駆け寄ると、やはり「水が欲しい、水が欲しい」と苗が言っている。一つ一つの苗に、少しずつ少しずつ、丁寧に丁寧に水を垂らして回ると果たして苗は生き生き正気を取り戻し、やんや歌い出さんばかりだったそう。家に駆け戻った和江さん、

「お父さん、苗がみんな喜んだよ。苗が元気だよ、大丈夫だよ。」

佐藤さんも慌てて畑に出てみるとその通り、一様に苗が喜んでいる。

「それ以降、夕方植えた苗に翌日の朝、夫婦二人でそっとゆっくり水かけするようにしています。」一息置いて「そんな馬鹿馬鹿しい事を、と言う人もいます。でも苗はやっぱり水欲しいって言ってますし、私たちの事待ってますよ。それがわかるから、できる限りのことをやってあげたいと思っています」と語ります。

「あふれるような愛」とは少々陳腐な表現ですが、佐藤さんの畑は正にご夫妻の愛があふれ満たされ、それがさつま芋という結晶になっている、そんな気がしてなりません。

さつま芋名人の真髄こそは夫婦愛。

それがあふれて注ぎ込まれるさつま芋愛と見受けたり。

美味しいさつま芋は、どうやら愛でできているようです。

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