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嗚呼!『ジャズ喫茶』

僕が若い頃、ネットなどは無く 当然YouTubeも無い。 テレビもアナログ放送のみ。 今の感覚から見れば、吉幾三的に何にもなかった。 いくつかの洋楽番組やNHK でのライブインジャパンの放送はあったものの極めて量は少なく、どこそこの学園祭でライブ映画(有名なのがツェッペリンの『永遠の詩』とか『ウッドストック』とか、そういうのがあった)上映がオールナイトであると聞けば、電車を乗り継いで出向いたりした。 今みたいにお気軽で無く、その分飢えていたし、数少ない機会に接した時の集中力や解析力、感受性といったものも今の自分より高かったのだと思う(今の若いものはという気は更々ありません)。

活字も重要な情報源。もちろん文字から音そのものが聴こえるはずも無いが、当時のライターさん達が苦労して表現した内容から想像を膨らませ、機会ある時に実音との答え合わせを繰り返してるうちに、活字から音楽を想定するという余り役に立たない力が少しは鍛えられたように思う(同じ様に、料理やお店の評論も子供の頃から大好きで、これも何度も何度も読み込んだ)。

そんな貴重な答え合わせの場の一つがジャズ喫茶。”ジャズ”喫茶という通り、聴ける音楽はジャズにほぼ限定されるが、その全盛期を過ぎた僕の若い頃でも、各所にぽつぽつ在って、特に難波・千日前の『ジャズ館』(通称『ヤカタ』)にはよく通った。 このジャズ喫茶、大概は前方に大きなオーディオシステムがでんと鎮座し、それに向き合うように各テーブルが配置。「ヤカタ」もそんなお店で、レコードに加え当時最新のメディアであったレーザーディスクによるライブ映像も時折流すというのが売りだった。

楽しみ方はシンプルで、当時、500円だったか600円だったかのそんなに美味しくないコーヒーか、瓶ビールの小瓶、水割りで1時間から2時間、只管ターンテーブルにかかるレコードを固唾を呑んで拝聴。 もちろん私語禁止。他にも細かな暗黙のルールが幾つかあって、楽しむと言うより、勉学に近かったかもしれない。

圧倒的に男性客が多かったが、時折、詩を書いてそうな面倒臭そうな女子もいた様に思う。 ここでお店セレクトのレコードを頭に焼き付け、活字イメージの修正を図り、ジャケットをメモリ、どうしても気になるのがあれば中古レコード屋を漁り、悶絶しながら購入する、と言うのが凡その行動パターン。限られた資金を有効に活用し音楽的な視野を自分なりに広げられるかについて、とても貴重な場所だった。

アナログからデジタルへの音楽メディアの大きな変化の波にジャズ喫茶も否応無く飲み込まれ、残念ながら難波の『ヤカタ』も随分前に閉店してしまったが、今でも地方に行くとジャズ喫茶を見かける事があり、ふらっと入ってしまう。 その多くが過日と比べ随分ソフィスティケートされており、音量もBGMより少し大きい程度、コーヒーも幾分か美味しくなって、フードメニュウなんかも豊富だったりする。驚くべきは店主自ら笑顔で「初めてでらっしゃいますか?」などとフレンドリーに語りかけて来られ、こっちが当惑してしまう事も。かっての道場然としたぴりりとした雰囲気は皆無で、それは時の流れだから、まあしょうがない。

かと思えば岩手・一ノ関の『ベイシー』。

ここは昔から全国的に相当に有名なお店で、数年前に初めて訪れる機会があった。 強烈であった。 ドアを一歩入ると、凄まじい音の洪水に圧倒され、緊張感漲る凛とし過ぎた店内に否応無くびびる。もう、新参僧が真冬の永平寺の山門で「頼もう!」とやるくらい、なかなかの洗礼でハードパンチのジャズ喫茶だ。専門誌でも取り上げられるほどのマスターが心血を注ぎ込んだオーディオシステムは圧巻だが、正直、僕にはあれがいい音なのかどうなのか、さっぱりわからなかったが、ただただプレゼンス、と言うか弾き飛ばされる様な存在感があった。機会があれば又行ってみたいとも思う。 さて「Bright Size Life」。 オリジナル音源はメセニーのデビュー盤、これはトップを飾る曲でベースはジャコ、当然名演中の名演。

昔、四日市のジャズ喫茶、というにはちょっとお洒落なお店で、これをリクエストしたら品の良さそうなママに「エレクトリックなので、うちのオーディオシステムに合わないから」とあしらわれ随分恥ずかしい思いをした。こういうの何十年も忘れませんね。 YouTube の動画はベースがリチャード・ボナのライブver。凄まじいテクニックなのは言うに及ばずジャコに負けず劣らず音楽的で何かが降りてきてる様な演奏。 これが炬燵に足突っ込みスマホ一発で聴ける時代。 ええのやら、わるいのやら。


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