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徳島市『トバスケ』でおにぎりを食べるんだな。

徳島の現場で不具合発生。

ワクチン摂取は行政当局のおかげを持って、8月15日に二回目を完了したものの時節柄、県域移動は憚れる。


とはいえ必要至急の事案であるので、なるだけ人と接触せず、騒がず、喋らず現場へ。

そんな訳で食事も極力簡素に速やかに、ということで今回は「おにぎり屋トバスケ」さんで。


ここはオーダー毎に熱々のご飯をしっかり手(with ビニール手袋)で握ってくれるおにぎり処。


「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ。」


太宰治も「斜陽」で和子の母にそう言わしめているように、しっかり人の手で握られたおにぎりは格別の感。

「手のアミノ酸が旨味に〜」云々という身も蓋も無い説もあるが、そういう事でも無かろうと思う。


因みに「おにぎり」と「おむすび」。

全く別物で意味が異なる、という説を見聞きした記憶もあるが、一般社団法人おにぎり協会によると、言い方の地域偏差で同じものと定義されているらしい。


おにぎりの形状差異によって、その意味が異なるという説もあり、これはとても興味深い話なのだが、とりあえずそれはさておき、「おにぎり」という事で括っておこう。


さて、おにぎり。

とても身近なものだけど、特に男性は握った経験のない方も多いのではないだろうか?


おにぎりというのは、まずまず自分以外の誰かの為に握るもの。

熱々のご飯を適度に塩水をつけた手でホッ、ホッと握る、シンプルで簡単なものだが

これがもう熱いのなんの、うまく熱を逃しながら握らないと火傷してしまいそうだ。

それだけの労苦を耐えて、誰かが食べることを想定して米粒をまとめていくのだから、

自ずと気というか念のようなものも込められる気がする。


そういうと、ちょっとカルト的であれの世界だが、2016年に亡くなられた青森の佐藤初女さんの素朴なおにぎりをいろんな境遇を抱えた人たちが頬張り、はらはらと涙する様子や精神がみるみる立ち直っていく様子などを拝見すると、食べ物というのは身を保つだけに非ず、作り手の何かが伝播し、心をも立て直す力を持っているのだなと感じ入る。

とりわけ直に人の手で切々と握られるおにぎりは、その力が顕著なのかもしれない。


同じく飯を握るものとして、江戸前寿司があるが、おにぎりと対比してみると


食材に体温のダメージを極力与えないように握るのが寿司、食材からの熱のダメージを避けながら握るのがおにぎり。


食材の良さを引き出すのが寿司、食材に想いを込めるのがおにぎり。


美食・味覚の快楽を追求するのが寿司、命を繋ぐ事を願うのがおにぎり。


随分違う、というか正反対なのが面白い。


1980年代頃に、鶴瓶師匠が放送作家の新野新さんと関西ローカルでAMラジオの深夜放送をやっていて、それは2時間とか3時間(放送時間が明確に定まっていなかった)、二人で永遠とフリートークする番組。

因みに鶴瓶師匠は今でこそ全国区で好々爺イメージが定着しているが、関西を拠点に活動している若い頃は相当にラジカルで、特に視聴者参加型番組やトーク番組では、今に繋がる原型を構築されていた。


さて、そんな鶴瓶師匠の前述の深夜番組で、「おにぎり」を主題にした一連の話があった。それは著名人で誰の握ったおにぎりなら食べれて、誰のだと食べたくないか、という、実にたわい無く且つ失礼・不謹慎な内容だったが、面白かった。


僕の子供だった頃は、田舎だった事もあり、何かにつけて近所総出での炊き出しやおにぎりなんかがあった。

当時のことだから、当たり前のように皆素手でおにぎりを握り、僕らはそれにパクついた。

どこのお母さん、お姉さんが握ったものかは分からないけど自分ちのものでないのは確実なおにぎりをみんなで頬張った。

思えばあれがコミュニティーというものだったのかもしれないし、何かしら精神のある部分をおにぎりで共有していた気もする。


もう、あんなおにぎりは二度と食べられないのかもしれない。





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